新しく立ち上げたマッチングサービスやコミュニティアプリが、機能もデザインも悪くないのに、なぜか誰も居着かない——そんな壁にぶつかった経験はないでしょうか。
出品者がいないから買い手が来ない、参加者が少ないからコミュニティが盛り上がらない。誰も間違ったことをしていないのに、誰も先に動けない状態です。
この「鶏が先か卵が先か」のような足踏みを指す言葉が、この記事で扱うコールドスタート問題です。投資家のアンドリュー・チェン氏が自著で体系化した考え方をもとに、突破のための型を整理していきます。
読み終える頃には、いま自分のプロダクトがどの段階でつまずいているのか、次に何を測ればよいのかが見えてくるはずです。マーケティング施策の話というより、どこに最初の力を集めるかという設計の話として読んでいただけると、応用が利きやすくなります。
コールドスタート問題とは何か
コールドスタート問題とは、ネットワーク効果によって育つはずのプロダクトが、利用者がまだ少ない立ち上げ期に直面する足踏みのことです。ネットワーク効果とは、使う人が増えるほど一人あたりの価値が上がる性質を指します。
たとえばメッセージアプリは、連絡したい相手も使っていて初めて役に立ちます。フリマアプリは、出品と購入の両方が十分にそろって初めて取引が成立します。
厄介なのは、この価値の高まりが後になってからしか効いてこない点です。立ち上げたばかりの段階では、利用者が少ないこと自体がプロダクトの弱点になってしまいます。
どんなプロダクトに当てはまるのか
この考え方がそのまま効くのは、利用者同士が価値をやり取りする、いわゆるネットワーク型のプロダクトです。チャット、マーケットプレイス、コミュニティ、レビューサイトなどが典型例です。
一方で、一人の利用者が黙々と使うタイプの業務ツールでは、事情が少し違います。この場合の立ち上がりにくさは、他の利用者の不在よりも、機能そのものの価値が伝わっていないことに原因があることが多いからです。
とはいえ多くのSaaSには招待やチーム利用といったネットワーク的な要素が部分的に含まれています。ドキュメント共有ツールに他のメンバーを招く、チャットに他部署を巻き込むといった動きがそれにあたります。
自社のどの機能がこの構造に当てはまるかを切り分けておくと、以降の議論が読みやすくなります。全社的にネットワーク型でなくても、一部の機能だけこの発想を借りることは十分に可能です。
『The Cold Start Problem』が示した見取り図
2021年に出版された書籍『The Cold Start Problem』は、この足踏みから抜け出す過程を段階ごとに整理した一冊です。著者のアンドリュー・チェン氏は投資会社アンドリーセン・ホロウィッツのゼネラルパートナーで、以前はUberで乗客獲得の成長施策を率いていた人物です。
同書は、LinkedInやAirbnb、Zoomなど複数のサービスの立ち上がり方を横断的に分析し、共通する型を抽出しています。特定の一社だけの成功談ではなく、繰り返し観測される構造として描かれている点が、実務での応用のしやすさにつながっています。
似た問題意識は、この本に限らずシリコンバレーの複数の投資家や実務家が繰り返し語ってきました。呼び方や整理の仕方は論者によって多少異なりますが、規模を追う前に密度を作るという結論はおおむね共通しています。
なぜ良いプロダクトでも足踏みするのか
機能が優れているだけでは、この足踏みは解決しません。むしろ良いプロダクトほど、最初の壁に戸惑うことがあります。
反ネットワーク効果という逆風
同書では、立ち上げ直後にだけ働く向かい風を反ネットワーク効果と呼んでいます。利用者が少ない状態そのものが、新しく来た利用者にとって物足りない体験になりやすいからです。
掲示板に投稿しても誰も反応しない、マッチングアプリを開いても近くに誰もいない。そうした最初の体験が、その人を二度と戻らせない一因になります。
皮肉なことに、これは広告やPRで新規の訪問者を増やすほど悪化する場合があります。がっかりする体験をする人数そのものが増えてしまうからです。
だからこそ、立ち上げ期の集客は何人集めるかではなく、集めた人が期待どおりの体験にたどり着けるかを優先して設計する必要があります。順番を間違えると、広告費が反ネットワーク効果を増幅する装置になりかねません。
誰もいない部屋に人を呼べない
パーティー会場に一番乗りした人が、誰もいない会場を見て帰ってしまう場面を想像してください。次に来た人も同じ理由で帰ってしまえば、会場はいつまでも埋まりません。
多くのチームが最初に思い描く規模は、都市全体や業界全体といった大きな単位です。しかし足踏みを破るのに必要なのは、もっと小さく密度の高いかたまりだというのが、この本の主張です。
早期の足踏みでよく見られる兆候
自社が今どちらの状態にいるかを判断する材料として、よく観測される兆候を挙げておきます。心当たりがあるものが多いほど、規模よりも密度を先に作る局面にいる可能性が高いといえます。
- 新規登録は伸びているのに、二回目の利用に戻ってくる割合が低い
- 「見る専門」の利用者ばかりで、投稿や出品をする側が育たない
- 特定の地域やチームでは盛り上がっているのに、全体平均で見ると数字が薄まって見える
- 広告を止めた途端に増加が止まり、口コミや紹介からの流入がほとんどない
突破口:アトミックネットワークという考え方
定義
同書はネットワークの最小単位をアトミックネットワークと呼びます。それより小さくすると成り立たず、それさえ満たせば外部の助けなしに自立して回り始める、いわば最小構成のことです。
大切なのは、都市や業種のような大きな括りではなく、もっと具体的で狭い場面を指す点です。輪郭がはっきりしているほど、次に何をすべきかも具体的になります。
具体例に見る小さすぎるくらいがちょうどいい
配車サービスの場合、狙う単位は都市全体ではなく、金曜の夕方に特定の駅前に人が集まる、といった時間と場所まで絞った一角だとされます。そこで需要と供給が同時に満たされれば、利用者は次も使う理由を持てます。
社内チャットツールの場合は、会社全体ではなく一つの小さなチームで十分だとされます。あるビデオ会議サービスが、まず2人だけの通話体験を磨くところから始まったという逸話もよく紹介されます。
共通しているのは、規模より密度を先に作っている点です。広く薄くではなく、狭く濃くが立ち上がりの合言葉になります。
自社のアトミックネットワークをどう見つけるか
抽象的な話が続いたので、自社に当てはめる問いに落とし込んでみましょう。次の3つを自問すると、輪郭がつかみやすくなります。
- 明日にでも目の前に集められる最小の人数や範囲を、具体的に描けているか
- その人たちの間で、価値のやり取りが外部の助けなしに回るか
- 密度が生まれたあと、隣の塊へどう飛び火させる計画があるか
この3つに即答できないうちは、広告予算を増やして母数を増やすより先に、答えを具体化する作業のほうが優先度が高いはずです。
拡大の型:ティッピングポイントからエスケープベロシティへ
小さな塊で火がついたら、次はそれをつなげていく番です。同書はこの過程をいくつかの段階に分けて説明しています。
ティッピングポイントとは
ティッピングポイントとは、そのネットワークが外部からの後押しなしでも自然に増え続けるようになる、利用者数の目安のことです。これを超えると、放っておいても密度が積み上がっていきます。
逆に言えば、それ以前の段階でプロモーションの手を緩めると、せっかく生まれた勢いが失速しかねません。ここで手を止めるかどうかの判断が、その後の数か月を左右します。
一時的に非スケーラブルな手を使う理由
立ち上げ期には、一件ずつ人力で頼み込むような、あえて拡大しない打ち手が使われることがよくあります。最初の出品を運営スタッフ自らが集める、招待制にして質を保つといった動きです。
非効率に見えますが、密度が足りない段階で広告費を先に投じても、物足りない体験をした利用者を増やすだけに終わりがちです。密度が先、規模はあとという順番が繰り返し語られます。
エスケープベロシティに乗ったサイン
密度が育った複数の塊が互いにつながり始め、紹介や口コミによる流入が広告に頼らず伸び始めたら、次の段階に入ったサインです。同書はこれをエスケープベロシティと呼びます。
ここまで来て初めて、広告予算を増やす、他の地域へ展開するといった規模を追う打ち手が効果を発揮しやすくなります。順番を逆にしないことが、遠回りに見えて一番の近道です。
逆に言えば、紹介や口コミがほとんど生まれていない段階で広告費を積み増しても、密度の薄い利用者が増えるだけで、エスケープベロシティには近づきません。焦って規模を追う前に、いま自分たちがどちらの段階にいるかを確認する価値があります。
段階ごとの目安を表で整理する
ここまでの流れを、段階ごとに見るべきものとやりがちな誤りに分けて整理すると、次のようになります。
| 段階 | この段階の目標 | 見るべき指標の例 | やりがちな誤り |
|---|---|---|---|
| コールドスタート | 最初の一塊で密度を作る | 特定の地域・チーム単位の継続率 | 全体平均の利用者数を追ってしまう |
| ティッピングポイント | 外部の後押しなしで増える状態にする | 紹介・口コミ経由の比率 | 密度が薄いまま広告費を増やす |
| エスケープベロシティ | 塊同士をつなげて広げる | 新しい塊が立ち上がる速度 | 早すぎる段階で規模拡大に舵を切る |
| 天井とお堀 | 成長の限界に備え、模倣に耐える | 解約率、競合の追随状況 | 成長が止まった原因を機能不足だけに求める |
表の最後にある天井とお堀は、この記事の主題からは外れるためあえて簡単に触れるにとどめますが、コールドスタートを越えた先にも課題が続くことは覚えておく価値があります。
ネットワーク効果は一様ではない——型を見分ける
ここまで「ネットワーク効果」とひとくくりに書いてきましたが、実際には性質の異なるいくつかの型があるとされます。厳密な線引きは論者によって幅がありますが、代表的な型を大まかに整理すると次のようになります。
| 型 | 何が効くか | 例としてよく挙げられるサービス | 立ち上がりやすさの傾向 |
|---|---|---|---|
| 直接ネットワーク効果 | 同じ側の利用者同士がつながるほど価値が増す | メッセージアプリ、SNS | 相手も使っていないと成立せず難易度が高い |
| 二面市場型 | 出品側と購入側など異なる立場が引き合う | フリマアプリ、配車サービス | 片側だけ先に厚くする工夫が要る |
| データ由来の効果 | 利用データが増えるほど精度やおすすめが向上する | 検索エンジン、渋滞情報アプリ | 少人数でも一定の実用性を保ちやすい |
| 地域限定型 | 効果が特定の地域や集団の中で完結する | 近隣の掲示板、地域配送サービス | 都市単位でなく町内単位で立ち上げやすい |
どの型に近いかによって、狙うべきアトミックネットワークの形も変わります。直接型やデータ由来の型は少人数でも成立しやすい一方、二面市場型は最初から両側を同時にそろえる難しさを抱えています。
自社のプロダクトがどの型に近いかを先に見極めておくと、無理に大きな規模を追いかけて消耗するのを避けやすくなります。複数の型が重なっているサービスも珍しくないので、無理に一つに絞り込む必要はありません。
自社のプロダクトに当てはめる:計測と陥りやすい罠
ここからは、この考え方を日々の運用にどう落とし込むかを見ていきます。
コールドスタート期に見るべき指標
この段階で追うべきは、全体の利用者数ではなく、狭い塊の中の密度です。PMFの測り方で扱ったような満足度の指標に加えて、地域やチームといった単位で区切った利用継続率を見る必要があります。
アクティベーションとは?で触れたAhaモーメントに、その塊の利用者がどれだけ早く到達しているかも、密度を測る手がかりになります。全体平均だけを見ていると、この違いはきれいに埋もれてしまいます。
陥りやすい罠:総ユーザー数という虚栄指標
ここで一つ、仮の数値で考えてみます。以下は説明のための仮の例で、実在の企業の数字ではありません。
ある地域密着型の配送マッチングサービスが、人口10万人の都市全体に配達員100人を薄く配置した場合と、人口5000人の一区画に配達員30人を集中配置した場合を比べると、後者のほうが一件あたりの待ち時間は短くなり、依頼者の再利用率も上がりやすいと考えられます。
それでも経営会議の資料では、前者の登録者数130人という総ユーザー数だけが並び、密度の違いは見えなくなりがちです。総数を追いかける癖が、密度を壊す判断を後押ししてしまうことがあります。
この仮の例が示しているのは、同じ総数でも中身の濃さがまるで違うということです。ダッシュボードに地域やチームといった軸を足すだけで、見えてくる景色は大きく変わります。
密度が生まれたら、それを守る
密度ができた塊は、いわば火種です。ここに広告予算を薄く広くばらまくと、火種の密度そのものが薄まり、かえって立ち上がりを遅らせることがあります。
グロースループとは?で扱った自己増殖する仕組みも、この火種があってこそ機能します。塊の中で紹介や口コミが回り始めてから、隣の塊へ広げていくという順番を守ることが大切です。
招待制やチーム単位での展開を前提にしたPLGの計測設計の記事とあわせて読むと、立ち上げ期から成長期への橋渡しがより具体的になるはずです。
MonaLensのようなウェブ解析ツールでも、サイト全体のPVやUUだけでなく、特定の流入経路や利用者一人ひとりの行動を追うN1分析を組み合わせると、どの塊で密度が生まれつつあるかを見つけやすくなります。ただしMonaLensが見えるのはウェブサイト上の匿名の行動までで、招待制コミュニティのやり取りの中身そのものを解析する機能ではありません。
コールドスタート問題は、才能や資金の多寡ではなく、どこに最初の密度を作るかという設計の問題です。大きな市場を最初から狙うのではなく、今日にでも満たせる小さな塊を見つけることから、遠回りに見えて一番早い突破口が開けます。