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グッドハートの法則とは?|「測ると壊れる指標」の正体と、壊れにくい指標の設計

2026年08月08日 ・ MonaLens

四半期の頭に立てたKPIを、チームは見事に達成しました。数字だけを見れば成功です。けれど蓋を開けてみると、事業は少しも良くなっていない。そんな経験はないでしょうか。

リード獲得数は目標を超えたのに、商談化率も受注率もむしろ落ちている。ページビューは伸びたのに、問い合わせも売上も動かない。サポートの対応件数は増えたのに、顧客満足度は下がっている。新機能の利用回数は増えたのに、解約は減らない。

これらは偶然の一致ではなく、指標というものが持つある性質から説明できる現象です。

この記事では、その性質をグッドハートの法則という経験則として紹介し、虚栄の指標と行動可能な指標という古典的な区別、そしてウェブ解析やプロダクト運営の現場で実際に壊れやすい指標のパターンを見ていきます。最後に、壊れにくい指標を設計するための具体的な手順を整理します。

グッドハートの法則とは何か

グッドハートの法則とは、ある指標を目標として掲げ、それに対する圧力をかけ始めた瞬間、その指標は本来の実態を映さなくなる、という経験則です。測定していただけの頃は正直だった数字が、目標に昇格した途端に歪み始める、と言い換えると実感しやすいかもしれません。

金融政策の文脈で生まれた指摘

この考え方は、イギリスの経済学者チャールズ・グッドハートが、1975年に発表した金融政策に関する論文の中で述べた指摘に由来するとされています。当時のイギリスの中央銀行は、マネーサプライ(通貨供給量)を政策目標の指標として重視していました。

ところが、まさにその指標を中央銀行が操作の的にした途端、それまでインフレや景気を映していたはずの通貨供給量という数字が、実態を映さなくなってしまったといいます。グッドハートはこの現象を、統計的な規則性は、それを制御のために利用しようとした瞬間に崩れる傾向がある、という趣旨で表現しました。

「測ると壊れる」という一般化された形

この指摘は、もともと金融政策という狭い文脈のものでした。それを、人類学者のマリリン・ストラザーンが1997年に、より広い分野に通用する一般的な言い回しへと整理し直したとされています。

ある測定が目標になった瞬間、それは良い測定ではなくなる、という一文です。この一般化された形が、今日ビジネスの現場で語られるグッドハートの法則の姿です。経済学の一分野の話ではなく、人が評価される仕組みがある場所ならどこにでも当てはまる、射程の広い経験則だと捉えるほうが実務的です。

試験の点数を上げること自体が目的化すれば、教育の質そのものより出題予想対策が重視されるようになります。似た構造は、学校教育に限らず、成果を測って評価するあらゆる仕組みで繰り返し観測されてきました。

なぜ指標は目標にした瞬間に壊れるのか

法則の名前を知るだけでは、明日からの仕事は変わりません。なぜそうなるのかという構造を理解して初めて、自分たちの指標にも当てはまっていないかを点検できるようになります。

代理指標と本当のゴールのあいだにあるズレ

多くの指標は、本当に達成したいことそのものではなく、その代わりに測りやすい何かを測る代理指標です。ページビューは、ユーザーに価値を届けられているかどうかの代理にすぎません。

リード獲得数は、将来の売上につながる関係が始まったかどうかの代理にすぎません。代理指標そのものが悪いわけではなく、本当のゴールを毎回直接測ることが難しいからこそ、私たちは代理指標に頼ります。

問題は、代理指標と本当のゴールのあいだには、ほぼ必ずすき間があるという点です。ふだんはこのすき間は小さく、代理指標は本当のゴールをそれなりに正しく映してくれます。

人は、測られているものを最適化してしまう

けれど代理指標が目標として掲げられ、評価や予算に直結し始めると、人はすき間の存在に気づき、そこを通り抜ける行動を選びやすくなります。これは誰かが悪意を持っているからではなく、与えられた目標に対して合理的に行動した結果として起きます。

ここで仮の数字を使って考えてみます。あくまで説明のための仮定であり、実測値ではありません。

営業チームの評価指標を、獲得したリードの件数だけにしたとしましょう。月100件のリードを、条件を緩めて広く集めるだけで月150件に増やすことは、比較的容易です。

ところがリードの質を問わない基準で集めた結果、そのうち商談に進むのが従来の30%から15%へ半減したとすると、商談の実数はほとんど増えません。指標の数字は上がっているのに、本当に見たかった成果はまったく増えていないという状態です。これがグッドハートの法則が実務で姿を現す典型的な形です。

厄介なのは、この歪みが担当者の悪意やサボりではなく、むしろ評価に忠実であろうとする真面目な行動から生まれる点です。指標の設計が甘いと、最も熱心に目標へ向き合う人ほど、その指標を壊す側に回ってしまいます。

虚栄の指標と行動可能な指標を見分ける

この壊れ方を防ぐ第一歩は、そもそも扱っている指標がどちらの性質を持っているかを見分けることです。スタートアップの計測手法を扱った書籍「Lean Analytics」(アリスター・クロール、ベンジャミン・ヨスコビッツ著)は、この区別を虚栄の指標行動可能な指標という対比で整理しています。同書はエリック・リースの「リーンスタートアップ」の考え方を、具体的な計測の実務に落とし込んだ位置づけの本として知られています。

虚栄の指標の特徴

虚栄の指標には、いくつか共通した特徴があります。

  • 累積で数えるため、基本的に右肩上がりにしか動かない
  • 外部要因(季節性、広告出稿量など)の影響を切り分けられない
  • 数字を見ても、明日から何をすべきかが分からない

総登録ユーザー数、累計ページビュー、SNSのフォロワー数などは、この典型です。伸びていること自体は悪いことではありませんが、それだけを目標にすると、数字を増やす行為そのものが目的化しやすいという弱点を抱えています。

投資家向けの説明資料や社内報告で目を引く数字ではありますが、その日の意思決定に使える情報をほとんど含んでいないことも少なくありません。

行動可能な指標の条件

一方の行動可能な指標を見分ける簡単な方法として、同書は次のような問いかけを勧めています。この数字を見て、明日から何を変えるか、を自問するというものです。

答えられないなら、その指標は今のところ行動可能とは言えません。行動可能な指標の多くは、単純な合計ではなく比率の形を取ります。訪問数に対する登録率、登録に対する定着率といった具合です。

比率であれば、分母と分子の両方の変化を追えるため、何が起きているかの解像度が上がります。次の表に、両者の違いを整理します。

観点 虚栄の指標 行動可能な指標
累積・合計 比率・変化率
動き方 ほぼ右肩上がりのみ 上がりも下がりもする
外部要因の影響 切り分けにくい 比較的切り分けやすい
見たときの問い 「増えたか」 「次に何をするか」

ウェブ解析やプロダクト運営で壊れやすい指標のパターン

ここからは、実際の現場で観測されやすいパターンを見ていきます。特定の企業の実名を挙げるのではなく、業界でくり返し見られる型として一般化して描きます。自社に当てはまる部分がないか、当てはめながら読んでみてください。

集客・流入まわりで壊れる指標

ページビューや訪問数だけをチームの目標にすると、見出しを煽情的にする、内容と無関係な検索キーワードを狙う、といった量は増えるが質が伴わない行動が起きやすくなります。流入元ごとの性質を分けて見ないまま合計だけを追うと、この歪みには気づきにくいままです。

商談・営業まわりで壊れる指標

前の章の仮の例のように、リード数や商談化数だけを追うと、条件を緩めて数を稼ぐ行動が起きやすくなります。マーケティングと営業のあいだで、どんな状態のリードを渡すかの基準がすり合っていないと、この歪みはさらに大きくなります。

商談の件数そのものを評価指標にした場合も、似た歪みが起きます。受注につながる見込みが薄いとわかっていても、パイプラインに載っている案件数を稼ぐために商談化させてしまう、という行動です。数字の上では活発に見えても、後工程の受注率や案件の停滞に、そのしわ寄せが必ず表れます。

サポート・カスタマーサクセスまわりで壊れる指標

対応件数のクローズ数や平均対応時間だけを評価指標にすると、一件あたりを早く閉じることが優先され、根本原因の解決より場当たり的な回答が増えやすくなります。指標だけを見ていると改善しているように見えて、実際には顧客の不満がたまっていくという、最も気づきにくい壊れ方の一つです。

顧客が同じ質問を何度も別の窓口に持ち込むようになっても、一件ごとの対応時間という指標だけを見ている限り、その兆候にはなかなか気づけません。件数や時間という作業量の指標と、解決できたかどうかという成果の指標を分けて扱う必要があるのは、この領域ではとりわけ切実です。

プロダクト・機能開発まわりで壊れる指標

新機能の利用回数やアクティブユーザー数だけを目標にすると、本当に価値を感じて使われているかどうかとは無関係に、通知や導線で無理やり触らせる工夫にばかり力が入りやすくなります。触られた回数は増えても、その機能があってよかったと感じる人の割合はむしろ減る、という逆転が起きうる領域です。

この四つのパターンを、対になるガードレール指標とあわせて次の表に整理します。

領域 壊れやすい指標 組み合わせたいガードレール指標
集客 ページビュー・訪問数 問い合わせや登録につながった率
営業 リード数・商談化数 商談化率・受注率の推移
サポート 対応件数・平均対応時間 顧客満足度・再問い合わせ率
プロダクト 機能の利用回数・DAU 機能を使い続けている人の割合

壊れにくい指標を設計する4つの手順

法則の存在を知っていても、明日の指標設計に落とし込めなければ意味がありません。ここでは、現実的に着手できる4つの手順を紹介します。

手順1〜2:北極星指標とガードレール指標をペアにする

一つの指標だけを追うのではなく、北極星指標とKPIツリーの作り方で扱ったように、伸ばしたい指標と、それを歪めていないかを見張るガードレール指標をペアで運用します。

リード数を伸ばす代わりに商談化率も一緒に見る、対応件数を減らす代わりに満足度も一緒に見る。片方だけを楽に達成する近道が、もう片方の数字にはっきり表れる組み合わせを選ぶのがコツです。

ペアにする指標は多いほど良いわけではありません。見張る指標が増えすぎると、今度はどれも本気で見なくなるという別の問題が起きます。主指標一つに対してガードレールは一つか二つ、という程度に絞り込むほうが、実際には運用が続きます。

どのガードレールを選ぶかは、その主指標がどうすれば楽に達成できてしまうかを先に想像してみると見えてきます。リード数なら基準を緩めることが近道になりますから、その緩めた基準が表に出る指標をガードレールに据える、という順番で考えると選びやすくなります。

手順3:プロキシではなく成果に近い指標を選び、定期的に疑う

指標を決めた時点の定義が、時間とともに現場の解釈だけで少しずつ変わっていくことは珍しくありません。KPI定義のすり合わせで扱ったように、同じ指標名でも部署ごとに中身が食い違っていれば、そもそも比較の土台が崩れています。

半年に一度など、決まった頻度で指標そのものを見直す機会を設け、まだ本当のゴールに近い代理指標であり続けているかを点検する習慣が有効です。去年は機能していた指標が、組織やプロダクトの変化にともなって、今年はもう機能していないということは普通に起こります。指標を一度決めたら変えないという姿勢自体が、法則の効き目を強めてしまいます。

手順4:平均や合計だけでなく、個々の行動のログに戻る

ダッシュボード上の合計値や平均値は、個々のユーザーがどう振る舞ったかという情報をすべて均してしまいます。数字が伸びているように見えても、それが少数の極端な行動によって作られていないかは、合計値だけでは判断できません。

N1分析のように一人の行動を時系列で追う視点や、コホート分析のように登録時期ごとにまとまりを分けて追う視点を、定期的なダッシュボード確認とあわせて持っておくと、指標が歪み始めた初期の兆候に気づきやすくなります。MonaLensのようなツールでファネルの集計とN1分析を同じ画面で行き来できると、平均値の裏にある個々の行動から違和感を拾い上げやすくなります。

指標を疑い続けること自体を仕組みにする

グッドハートの法則は、指標を使うこと自体をやめるべきだ、という結論には向かいません。指標なしに事業を運営することはできず、代理指標に頼ること自体は避けようのない現実です。

大切なのは、どんな指標もいずれ目標として扱われた瞬間から歪み始める可能性を持つ、という前提に立つことです。一度決めた指標を疑わずに使い続けるのではなく、ガードレールを添え、定義を確かめ、時には指標そのものを入れ替える。この不断の点検こそが、指標を機能させ続けるための唯一の方法だと言えます。

指標が壊れたことに気づくのは、多くの場合、数字が良いのに現場の実感が悪いという、小さな違和感からです。その違和感を無視せず、合計値の裏にある個々の行動まで戻って確かめる習慣を持てるかどうかが、結局のところ組織の分かれ目になります。

来週のダッシュボードを開くときに、自分たちが今追いかけている数字は、まだ本当のゴールの代理になれているだろうかと、一度立ち止まって問い直してみる価値があります。

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