次のリリースに入れる機能を決める会議で、候補が10個並んだとします。どれも誰かが欲しいと言った機能で、どれも大事に見えます。
ここで要望の多い順に並べると、たいてい失敗します。なぜなら、機能によって満足度への効き方がまったく違うからです。
あって当然で、ないと強い不満になるだけの機能もあります。逆に、誰も要望していないのに、あると喜ばれる機能もあります。
この違いを整理する定番の枠組みが狩野モデルです。この記事では、狩野モデルの5つの品質の分類から、アンケートの作り方、集計と係数の計算、プロダクト開発での使いどころと注意点までを順に解説します。
狩野モデルとは?満足度は一直線には伸びない
狩野モデルは、製品やサービスの品質要素を、それが満たされているかどうかと顧客がどう感じるかの2つの軸で分類する考え方です。まずは成り立ちと、根本にある発想を押さえましょう。
1984年に日本で生まれた品質の理論
狩野モデルは、東京理科大学の狩野紀昭氏らが1984年に日本品質管理学会の学会誌『品質』(第14巻第2号)で発表した論文、魅力的品質と当り前品質で提唱されたものです。英語圏ではKano modelの名で広まり、今では海外のプロダクトマネジメントの教科書にもよく登場します。
もともとは製造業の品質管理から生まれた理論ですが、考え方はソフトウェアにもそのまま当てはまります。ウェブサービスやSaaSで機能の優先順位を議論するときにも、広く使われています。
従来の考え方との違い
狩野モデル以前は、品質は高ければ高いほど満足度も上がる、という一次元の見方が一般的でした。不満の原因を取り除けば、そのぶん満足に近づくという発想です。
狩野モデルはこれを否定しました。不満を消すことと満足を生むことは別の仕事であり、要素によって満足度の曲線の形が違う、というのが核心です。
たとえば、ホテルの部屋が清潔なのは当たり前で、清潔だからといって感動する人はほとんどいません。しかし汚れていれば、それだけで評価は最低になります。
5つの品質要素を理解する
狩野モデルでは、品質要素を5つに分けます。ここではそれぞれの意味を、ソフトウェアの例に置き換えながら見ていきます。
当たり前品質:ないと不満、あっても満足しない
当たり前品質は、備わっていて当然とみなされる要素です。満たされていても満足度はほとんど上がりませんが、欠けると強い不満を生みます。
ログインが確実にできる、データが消えない、ページが普通の速さで表示される、といった性質がこれにあたります。顧客はわざわざ要望として口にしないため、インタビューでは見落とされがちです。
一元的品質:あるほど満足、ないほど不満
一元的品質は、充足度に比例して満足度が上がる要素です。従来の一次元の品質観がそのまま当てはまるのが、この分類です。
処理速度、ストレージの容量、料金の安さなどが代表例です。顧客が比較検討のときに意識しやすく、競合との比較表に並びやすい要素でもあります。
魅力的品質:なくても不満はないが、あると喜ぶ
魅力的品質は、なくても不満にはならないものの、あると大きな満足を生む要素です。顧客自身が存在を予想していないため、要望としては挙がりにくいのが特徴です。
たとえば、入力するより先に次の操作を提案してくれる機能などがこれにあたります。差別化の源泉になりやすい一方で、アンケートで欲しい機能を聞いても出てこないという難しさがあります。
無関心品質と逆品質
無関心品質は、あってもなくても満足度に影響しない要素です。作り手がこだわっていても、顧客から見ればどちらでもよい機能がここに入ります。
逆品質は、あることでかえって不満を生む要素です。頻繁すぎる通知や、操作のたびに表示されるチュートリアルなどが典型です。
5つの分類を、充足したときと不足したときの反応で整理すると次のようになります。
| 分類 | 充足したとき | 不足したとき | ソフトウェアの例 |
|---|---|---|---|
| 当たり前品質 | 満足は上がらない | 強い不満 | ログイン、データ保全 |
| 一元的品質 | 満足が上がる | 不満が出る | 処理速度、料金 |
| 魅力的品質 | 大きく満足 | 不満は出ない | 先回りの提案 |
| 無関心品質 | 変化なし | 変化なし | 誰も使わない設定項目 |
| 逆品質 | 不満が出る | 満足が上がる | 過剰な通知 |
狩野アンケートの作り方
分類を知っていても、ある機能がどれに入るかを作り手の勘で決めてしまっては意味がありません。狩野モデルには、顧客の回答から分類を決める狩野アンケートという調査手法が用意されています。
1つの機能に2つの質問をする
狩野アンケートの特徴は、1つの機能について充足質問と不充足質問の2つを対にして聞くことです。前者はその機能があったらどう感じるか、後者はその機能がなかったらどう感じるかを尋ねます。
回答の選択肢は、どちらの質問も同じ5つです。一般的には、気に入る、当然だ、何とも感じない、仕方がない、気に入らない、の5段階が使われます。
質問文を書くときのコツ
質問文は、機能名ではなく顧客にとっての利点で書くのが基本です。社内用語や技術用語を使うと、回答者が機能を想像できず、回答がぶれます。
また、充足質問と不充足質問は、同じ機能のちょうど裏返しになるように書きます。片方だけ条件を変えると、2つの回答を組み合わせる意味がなくなってしまいます。
誰に聞くかを決める
回答者の選び方も重要です。新規ユーザーとヘビーユーザーでは、同じ機能でも分類が変わることがよくあります。
できれば回答者の属性や利用状況も合わせて取り、セグメント別に集計できるようにしておきましょう。調査の設計全体については、ユーザー調査の設計も参考になります。
回答を集計して分類を決める
回答が集まったら、充足質問と不充足質問の答えの組み合わせから、回答者ごとに分類を判定します。ここでは判定の表と、その後の集計の進め方を説明します。
評価表で回答の組み合わせを分類する
判定には、充足質問の回答を行、不充足質問の回答を列に取った評価表を使います。一般的に使われる表は次のとおりです。
充足\不充足 気に入る 当然だ 何とも 仕方ない 気に入らない
気に入る Q A A A O
当然だ R I I I M
何とも感じない R I I I M
仕方がない R I I I M
気に入らない R R R R Q
A=魅力的 O=一元的 M=当たり前 I=無関心 R=逆 Q=懐疑的
たとえば、あったら気に入る、なかったら気に入らない、と答えた人はOの一元的品質です。あったら当然、なかったら気に入らない、と答えた人はMの当たり前品質になります。
表の中のQは懐疑的回答と呼ばれ、あっても気に入るし、なくても気に入る、のような矛盾した組み合わせです。質問文の誤解や回答ミスを示すことが多いので、Qの割合が高い機能は質問文を見直すサインになります。
最も多い分類を採用する
回答者ごとの分類が出たら、機能ごとに各分類の人数を数え、最も多いものをその機能の分類とするのが基本です。ただし、1位と2位の差が小さい場合は、単純に1位を採用すると判断を誤ります。
そうした機能は、顧客の中で受け止め方が割れているサインです。セグメント別に集計し直すと、ある層にとっては当たり前品質で、別の層にとっては魅力的品質だった、とわかることがあります。
満足係数と不満係数で比較する
分類だけでは、同じ魅力的品質の機能どうしでどちらを優先すべきかがわかりません。そこでよく使われるのが、1993年にBergerらが米国のCenter for Quality of Management Journalで紹介した満足係数(Better)と不満係数(Worse)です。
満足係数は(A+O)÷(A+O+M+I)で求め、0から1の値を取ります。1に近いほど、その機能があることで満足が高まる度合いが大きいことを表します。
不満係数は(O+M)÷(A+O+M+I)にマイナスを付けた値で、0からマイナス1の値を取ります。マイナス1に近いほど、その機能がないことで不満が生まれやすいことを表します。
計算例
ここで、100人に聞いた結果を仮定して計算してみます。数値はすべて説明用の仮定です。
ある機能について、Aが40人、Oが20人、Mが10人、Iが25人、RとQが合わせて5人だったとします。分母はA+O+M+Iの95人です。
満足係数は(40+20)÷95で約0.63、不満係数は(20+10)÷95にマイナスを付けて約マイナス0.32になります。あると満足を大きく高める一方、なくても強い不満にはなりにくい、魅力的品質らしい数字です。
各機能の係数を、横軸を不満係数の絶対値、縦軸を満足係数にした散布図にすると、候補が一目で比較できます。右側に来るものは外すと不満が大きい機能、上側に来るものは入れると満足が大きい機能です。
プロダクト開発でどう使うか
分類と係数が出たら、それを開発の優先順位に落とし込みます。ここでは、実務での使い方の型を整理します。
当たり前品質を最初に固める
優先順位の基本は、当たり前品質を最優先で満たすことです。どれだけ魅力的な機能を足しても、当たり前品質の欠陥による不満は打ち消せません。
新しいプロダクトほど、目立つ機能の開発に目が向き、安定性や基本操作が後回しになりがちです。狩野アンケートで当たり前品質に分類された機能に抜けがないかを、まず点検しましょう。
一元的品質は競合と比べて水準を決める
一元的品質は、あればあるほどよい要素です。ただし、無限に投資できるわけではありません。
競合と比べて劣っていれば比較検討の段階で負けるので、少なくとも同等の水準を目指します。その上で、自社が勝負する一部の要素だけを突き抜けさせる、という配分が現実的です。
魅力的品質で差別化する
当たり前品質と一元的品質がそろったら、魅力的品質に投資して差別化を図ります。ここでは顧客の要望をそのまま実装するのではなく、顧客がまだ言葉にしていない課題を探す姿勢が必要です。
顧客がどんな状況で何を片づけようとしているかを掘り下げると、魅力的品質の種が見つかりやすくなります。この考え方は、ジョブ理論(JTBD)とは?で詳しく紹介しています。
ほかの優先順位づけ手法と組み合わせる
狩野モデルは、顧客満足への効き方を教えてくれますが、開発コストや影響する人数は考慮しません。そのため、RICEやICEのような工数を含む手法と組み合わせて使うのが一般的です。
たとえば、当たり前品質の抜けは最優先で埋め、残りの候補をRICEのスコアで並べる、といった運用が考えられます。具体的な進め方は、開発の優先順位づけを参照してください。
狩野モデルを使うときの注意点
狩野モデルは便利ですが、使い方を誤ると誤った結論を導きます。ここでは、特に気をつけたい点と、初めて使うときによく出る疑問を順に取り上げます。
分類は時間とともに変わる
狩野モデルでよく知られているのが、魅力的品質はやがて一元的品質、当たり前品質へと移っていくという性質です。最初は驚きだった機能も、多くの製品が備えるようになると、あって当然と受け止められるようになります。
スマートフォンのアプリでいえば、かつての新機能だったダークモードや生体認証によるログインも、今では多くの人にとって当然の機能です。一度の調査結果を固定的に扱わず、定期的に調べ直すことが大切です。
言っていることと、やっていることは違う
狩野アンケートは、あくまで顧客の表明された感じ方を測る手法です。気に入ると答えた機能が、リリース後に本当に使われるとは限りません。
そのため、アンケートの結果はリリース後の実際の利用データで検証する必要があります。機能がどのくらい使われ、使った人が継続しているかを見る方法は、機能の定着率(アダプション)で解説しています。
行動データの側で見るときは、ファネルやセッションの記録を使うのが手軽です。MonaLensのようにCookieや個人情報を使わない解析ツールでも、機能のボタンが押されたか、その後に目的の画面まで進んだかは確認できます。
質問数と回答者の負担
1つの機能に2つの質問が必要なので、候補が20個あれば質問は40問になります。回答者の負担が大きくなると、後半ほど回答が雑になり、懐疑的回答や無関心の割合が増えがちです。
1回の調査で扱う機能は、優先順位の議論が必要な候補に絞りましょう。すでに当たり前品質だとチーム内で合意できているものまで聞く必要はありません。
回答者は何人くらい必要か
必要な人数は、比較したい機能の係数の差や、セグメント別に分けるかどうかで変わります。一概には言えませんが、セグメントごとに分けて集計する場合は、それぞれに十分な回答数が集まるように計画する必要があります。
少人数の結果で分類を決めるときは、1位と2位の差が偶然の範囲に収まっていないかを慎重に見ましょう。数字が割れている機能は、インタビューで理由を聞き足すのが確実です。
価格の調査と一緒にできるか
狩野アンケートは機能の受け止め方を聞く調査で、支払意思額は測れません。価格帯を調べたい場合は、別の手法を組み合わせます。
価格については、受け入れられる価格帯を直接たずねる専用の調査手法がいくつかあるので、目的に応じて選びましょう。同じ回答者に両方を聞く場合は、質問数が増えすぎないように注意してください。
まとめ:要望の数より、満足への効き方で選ぶ
狩野モデルは、品質要素を当たり前品質、一元的品質、魅力的品質、無関心品質、逆品質の5つに分け、満足度への効き方の違いを見える化する枠組みです。充足と不充足の2つの質問を対にして聞き、評価表と係数で機能を比べられるようにします。
使い方の基本は、当たり前品質を固め、一元的品質で競合に負けない水準を保ち、魅力的品質で差別化するという順番です。そして、分類は時間とともに変わり、表明された感じ方は実際の行動とずれることを忘れないようにしましょう。
次の優先順位の会議の前に、候補の中から意見が割れている機能を5つだけ選び、狩野アンケートを小さく試してみてはいかがでしょうか。要望の多さでは見えなかった、機能ごとの役割の違いが見えてくるはずです。