数年前、多くの企業が「サードパーティ Cookieはいずれ使えなくなる」という前提で計測ロードマップを組み直していました。ブラウザベンダーの中でも影響力の大きいGoogleが、Chromeでの廃止を予告していたからです。
ところがその計画は、2024年から2025年にかけて段階的に撤回されました。Privacy Sandboxと呼ばれる6年越しの代替技術群も、2025年10月に主要な機能の大半が終了しています。
この記事では、何が起きたのかという経緯を整理したうえで、ウェブ解析・計測設計の実務にどう向き合えばよいのかを考えます。
タイムライン|「廃止」から「撤回」までの経緯
まずは時系列で全体像をつかみましょう。ひとつの発表だけで終わった話ではなく、いくつもの段階を踏んで方針が変わっていった点が特徴です。
構想と度重なる延期
Googleは2019年、サードパーティ Cookieに依存しない広告・計測の仕組みをPrivacy Sandboxという名前で提案しました。閲覧履歴に基づく興味関心をブラウザ内で分類するTopics APIや、入札の仕組みを広告ネットワークではなくブラウザ側に持たせるProtected Audience APIなどが、その代表的な要素技術です。
当初の廃止時期は2022年とされていましたが、その後も延期が繰り返されました。広告業界の代替技術の準備が追いつかないことや、規制当局からの懸念表明が、延期のたびに理由として挙げられています。
2024年7月、方針転換の号砲
大きな転換点は2024年7月です。Googleは、Chromeでサードパーティ Cookieを一律に廃止するのではなく、利用者自身がブラウザの設定で選択できるようにするという新しい方向性を発表しました。
これは廃止計画そのものの撤回に近い発表でした。数年をかけて廃止に向けて準備してきた広告主・パブリッシャーにとっては、前提が崩れる出来事だったといえます。
2025年、独自プロンプトの見送りとAPI群の終了
2025年に入ると、撤回の流れはさらに進みます。同年4月、Googleはサードパーティ Cookieの可否を尋ねる独自の同意プロンプトをChromeに新設しない方針を明らかにし、利用者は従来どおりブラウザの既存設定でCookieを管理し続けることになりました。
そして同年10月、GoogleはPrivacy Sandboxの主要APIの大半を終了すると発表しました。終了の対象になったのは、次のような技術です。
- Topics(閲覧履歴から興味関心をブラウザ内で分類するAPI)
- Protected Audience(リターゲティング広告の入札をブラウザ側で行うAPI)
- Attribution Reporting(広告クリックとコンバージョンを紐づける計測API)
- IP Protection(IPアドレスを経由地サーバー越しに隠す仕組み)
- Related Website Sets(関連会社のサイト間でCookieを共有する仕組み)
一方で、フィッシング対策に使うPrivate State Tokensや、外部サービスへのログインに使うFedCM、パーティション化されたCookieの仕組みであるCHIPSなど、広告のターゲティングに直結しない技術は存続しています。GoogleはAttribution Reportingが担っていた広告効果測定の役割について、W3Cでの標準化を通じて別の形で引き継ぐ意向も示しています。
同じ日、英国の競争市場庁(CMA)も、Googleに課していた関連の是正措置を解除し、4年に及んだ調査を終了しています。廃止計画そのものが撤回されたことで、CMAが確約を求める前提が失われたためです。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 2019年 | Privacy Sandbox構想を発表 |
| 2024年7月 | 一律廃止の撤回、利用者選択制へ方針転換 |
| 2025年4月 | 独自の同意プロンプト新設を見送り |
| 2025年10月 | 主要APIの大半を終了、CMAが調査を終了 |
なぜ6年計画はたたまれたのか
一つの理由だけで説明できる話ではありません。複数の要因が重なって、計画のたたみ方に至ったと見るのが妥当です。
採用が広がらなかったという結果
Privacy Sandboxの各APIは、広告業界の主要プレイヤーによる実運用での採用が、想定したほど広がりませんでした。業界団体からも、既存の広告配信の精度を大きく損なうという懸念が公に表明されています。
新しい技術規格は、使う側の数が一定の水準に達さなければ効果を検証しづらく、検証できなければさらに採用が広がらないという循環に陥りやすいものです。Privacy Sandboxもこの循環から抜け出せなかったと考えられます。
広告業界の技術標準化団体であるIAB Tech Labも、2024年6月時点の見解として、Privacy Sandboxの各APIが従来のCookieベースの仕組みに比べて関連性の高い広告を届ける能力を制限しかねず、体力の小さい媒体社やブランドほど不利になりうるという懸念を公に示していました。当事者からのこうした指摘の積み重ねも、採用が伸び悩んだ一因だとみられます。
規制当局との綱引きに区切りがついた
CMAは2022年、GoogleがPrivacy Sandboxを導入する過程で自社の広告事業を優遇しないという確約を条件に、独占禁止法上の調査を一区切りさせていました。今回、廃止計画そのものが撤回されたことで、この確約の前提が失われ、CMAは是正措置を解除する判断に至っています。
規制当局との合意という外側の制約が外れたことも、Googleが計画全体を見直す後押しになったとみられます。
広告主・パブリッシャーの現場が抱えた不満
現場からの不満も無視できません。新しいAPI群は、従来のCookieベースの仕組みに比べて設定や検証の手間が増える一方で、ターゲティング精度や計測の網羅性では見劣りするという指摘が繰り返されていました。
準備に投じた工数がそのまま報われないという声が積み重なったことも、方針転換の背景として語られています。特に、複数の広告プラットフォームをまたいで配信している事業者ほど、それぞれのAPIに合わせた個別対応が必要になり、負担が積み上がりやすかったという構図もありました。
Cookieが残ったからといって、前提が全部戻るわけではない
ここまでの経緯だけを見ると、Cookieを巡る心配事は消えたように感じるかもしれません。ですが、実務上はそう単純に片付けられない点がいくつかあります。
Chromeの既定値は変わっても、ブラウザ全体の景色は変わっていない
Chromeが廃止を撤回したのは事実ですが、AppleのSafariはITP(Intelligent Tracking Prevention)という機能で、既定のままサードパーティ Cookieをブロックし続けています。FirefoxもEnhanced Tracking Protectionという名前で、同様の制限を既定でかけています。
一社の方針転換は、ブラウザ全体としての制限が緩む方向に戻ったことを意味しません。 シェアの大きいChromeが撤回した意味は大きいものの、Safari・Firefox利用者の計測が以前から抜け落ちているという課題は、そのまま残っています。
この点はCookieレスでウェブ解析はどこまでできる?同意バナーが要らない理由でも扱った通りです。
ブラウザの実装と法規制は別の話
サードパーティ Cookieがブラウザ上で技術的に使えることと、それを実際に使ってよいかは別の問題です。EUのGDPR・eプライバシー指令や、日本の改正個人情報保護法・電気通信事業法の外部送信規律は、ブラウザの既定値がどうであれ、非必須のCookieを使う前には利用者への説明と同意(または通知)を求めています。
つまり、Chromeが技術的な廃止を撤回しても、同意バナーを外してよい理由にはなりません。この整理はCookie同意バナーは本当に必要?プライバシーと計測の両立で詳しく扱っています。
広告ブロッカーやITPは今まで通り機能する
利用者が任意でインストールする広告ブロッカーや、一部のセキュリティ製品による通信の遮断も、Googleの方針とは無関係に動き続けます。これらは外部ドメイン宛の通信を丸ごと止めることが多く、Cookieが使えるかどうかという議論の外側にある制限です。
つまり計測データの欠落という現象自体は、Privacy Sandboxの終了によって解消するものではなく、複数の要因が重なって生じ続けるものだと捉えるのが実態に近いといえます。
ウェブ解析・計測設計への実務的な影響
ニュースとしての経緯を踏まえたうえで、自社の計測にどう影響するかを整理します。領域ごとに、撤回前の前提と撤回後の現実を並べると見えやすくなります。
| 領域 | 撤回前に想定されていたこと | 撤回後の現実 |
|---|---|---|
| 広告の効果測定 | サードパーティ Cookie前提の仕組みが使えなくなる | Chromeでは当面使えるが、他ブラウザ・同意状況次第で欠落は残る |
| クロスサイトの行動追跡 | 代替APIへの全面移行が必要 | 移行の緊急度は下がったが、依存度が高い設計はリスクのまま |
| 自社ドメイン内の導線分析 | 影響は限定的とされていた | 元々ファーストパーティで完結でき、今回の変更でも変わらず安定 |
数字でイメージを持つために、あくまで説明用の仮の例を置きます。仮に、ある広告経由の流入100件のうち、Cookieの制約で計測が欠落していた割合が3割だったとします。
Chromeの撤回によってこの欠落がゼロになるわけではなく、Safari・Firefoxの利用比率や同意バナーでの非同意率に応じて、依然として一定割合の欠落が残り続けます。この数値はあくまで説明のための仮定です。
この整理から言えるのは、サードパーティ Cookie頼みの広告効果測定を扱う部門ほど恩恵が大きく、逆に自社サイト内のファネル分析や導線分析を中心にしている部門にとっては、そもそも今回のニュースの影響がかなり限定的だということです。
アトリビューションの実務では、この欠落を前提にモデルを使い分ける発想が土台になります。詳しくはアトリビューションの実務|完璧を諦めて意思決定に使うで扱いました。
これから計測基盤をどう設計するか
方針が揺り戻されたことを踏まえたうえで、これからの計測基盤をどう組み立てるべきかを考えます。判断に迷ったときは、次の3つの視点に立ち返ると整理しやすくなります。
- 自社の計測は、どの程度サードパーティ Cookieに依存しているか
- 訪問者のうちSafari・Firefox利用者や非同意ユーザーはどれくらいの比率か
- ブラウザの方針が再び変わっても、影響を受けにくい設計になっているか
ファーストパーティを軸にする発想は変わらず有効
自社ドメインが発行し自社のためだけに使うファーストパーティ Cookie、あるいはCookie自体を使わない計測は、Safariやブロッカーの影響を受けにくいという性質を、今回のニュースの前後で変えていません。土台をファーストパーティに寄せておくという方針は、Privacy Sandboxの終了によっても揺らぎません。
自社サーバーを経由してデータを送るサーバーサイド計測も、同じ理由で有効です。導入の要否は「割に合うかどうか」で判断すべき性質のもので、判断基準はサーバーサイド計測とは?|Cookie制限が強まる中でファーストパーティ計測基盤を作る理由にまとめています。
同意管理は「Cookieの有無」ではなく「何を集めるか」で考える
今回の経緯を追っていると、同意管理の要否をCookieというブラウザ技術の有無で判断してしまいがちです。ですが法規制が問うているのは、Cookieという技術の使用そのものではなく、個人を識別しうる情報をどう扱うかという点です。
Cookieを使わない実装であっても、個人情報を集めていれば説明・同意の義務は生じますし、逆にCookieを使っていても集める情報が匿名の行動ログにとどまるなら、負担は小さく済みます。判断軸をここに揃えておくと、ブラウザ側の方針転換のたびに一喜一憂せずに済みます。
サードパーティ頼みの計測に戻すのは得策か
今回の撤回を受けて、廃止に備えて進めていた移行作業を止め、従来のサードパーティ Cookie前提の仕組みに戻したいという声も出てくるかもしれません。短期的には理解できる判断です。
ただし、Safari・Firefoxでの制限や広告ブロッカーの存在、そして各国の同意規制はいずれも変わっていません。加えて、Googleが一度撤回した方針を将来また変える可能性がゼロだとも言い切れません。
目先の手戻りを惜しんで後戻りするより、ファーストパーティを軸にした設計を淡々と進めておくほうが、次の方針転換が来ても振り回されずに済みます。
まとめ|揺り戻しを計測ロードマップの言い訳にしない
Googleのサードパーティ Cookie廃止は撤回され、Privacy Sandboxの主要APIも役目を終えました。業界にとって大きなニュースであることは間違いありません。
一方で、Safari・Firefoxの既定の制限、広告ブロッカー、そして各国の同意規制という、計測データが欠落する要因の大部分は、今回の経緯と関係なく存在し続けています。ニュースの見出しだけを追って一喜一憂するのではなく、何が変わり、何が変わっていないのかを切り分けたうえで、自社の計測ロードマップを淡々と進めていく姿勢が、結局のところ一番安定した選択になります。