商談に負けたとき、チームではどんな理由が記録されているでしょうか。多くの組織で、CRMの失注理由の欄には価格やタイミングといった言葉が並びます。
ところが、その理由を買い手本人に聞き直してみると、まったく別の答えが返ってくることがあります。この記事では、勝った理由と負けた理由を買い手から直接集めて次の打ち手に変える、Win/Loss分析(勝敗分析)の考え方と進め方を体系的に解説します。
Win/Loss分析とは何か
Win/Loss分析は、受注した商談と失注した商談の両方について、買い手がなぜその決定を下したのかを体系的に集めて分析する取り組みです。プロダクトマーケター、営業企画、RevOps、プロダクトマネージャーのいずれにとっても、意思決定の質を上げる材料になります。
定義をもう少し丁寧に
ポイントは三つあります。一つ目は、勝ちと負けの両方を対象にすることです。
二つ目は、情報源の中心を買い手本人の言葉に置くことです。三つ目は、一度きりの調査ではなく、継続的な仕組みとして回すことです。
負けだけを調べると、何が効いて選ばれたのかが分かりません。勝ちだけを調べると、自分たちに都合のよい物語ができあがります。
両方を同じ問いで比べて、初めて差が見えてきます。
CRMの失注理由との違い
CRMの失注理由は、営業担当者が商談を閉じるときにプルダウンから選ぶ項目であることが多いでしょう。これは手軽で網羅的ですが、あくまで売り手側から見た推測です。
Win/Loss分析は、その推測を買い手の証言で検証する作業だと考えると分かりやすくなります。CRMのデータを捨てるのではなく、答え合わせの相手として使うのです。
誰が担うのが向いているか
多くの企業では、プロダクトマーケティングの担当者がWin/Loss分析を主導します。製品戦略、メッセージ、営業支援のすべてにまたがる立場だからです。
プロダクトマーケティングの役割そのものについてはプロダクトマーケティング(PMM)とは?|ポジショニングとローンチ戦略を設計する仕事で詳しく扱いました。Win/Loss分析は、そのポジショニングが市場で本当に通じているかを確かめる手段の一つです。
なぜ営業の自己申告だけでは足りないのか
営業担当者は誰よりも顧客と話しています。それでも、失注の本当の理由を把握しきれないのには構造的な理由があります。
買い手は本音を言いにくい
断る場面で、買い手は角の立たない理由を選びがちです。予算が合わなかった、時期が悪かった、という言い方は誰も傷つけません。
本当は担当者の対応に不安を感じた、デモで見たかった機能が出てこなかった、という理由はなかなか口にされません。断った相手に本音を伝える動機は、買い手側にほとんどないのです。
売り手にも見えにくいバイアスがある
失注の理由を自分以外の要因に置きたくなるのは、人として自然なことです。価格や競合の値引きは、営業個人の力ではどうにもならない理由として記録されやすい傾向があります。
逆に受注した商談では、自分の提案が刺さったと考えたくなります。実際には、導入事例のページを読んで社内の稟議が通りやすくなっていた、ということもあり得ます。
価格という言葉の中身
価格が理由とされた失注を深掘りすると、別の論点が隠れていることがよくあります。価格に見合う価値が伝わっていなかった、導入にかかる社内工数が見積もりに入っていなかった、比較対象が想定と違っていた、などです。
価格は結論であって、原因ではないことが多いのです。この中身を分解できるかどうかが、Win/Loss分析の価値を大きく左右します。
情報源ごとの強みと弱み
どの情報源にも得意と不得意があります。代表的なものを比べると次のようになります。
| 情報源 | 得意なこと | 弱いところ | 主な使い道 |
|---|---|---|---|
| CRMの失注理由 | 件数が多く傾向を追える | 売り手の推測が混じる | 全体の傾向把握 |
| 営業へのヒアリング | 商談の経緯に詳しい | 自己評価のバイアス | 仮説づくり |
| 買い手インタビュー | 決定の本当の理由に迫れる | 件数が少なく手間がかかる | 原因の特定 |
| サイト上の行動データ | 検討中の関心を量で見られる | 個別の理由は分からない | 仮説の補強 |
表のとおり、どれか一つで完結するものではありません。件数の多い情報で傾向をつかみ、買い手の声で原因を確かめるという組み合わせが基本になります。
Win/Loss分析の進め方
ここからは、実際に始めるときの手順を順に見ていきます。最初から大がかりな仕組みにする必要はありません。
対象となる商談を選ぶ
まずは直近数か月以内に決着した商談から選びます。時間がたつほど買い手の記憶はあいまいになり、決定の経緯を細かく思い出せなくなるからです。
選ぶときは、受注と失注を偏りなく含めます。
また、失注には競合に負けたものと、何も導入しないという判断で終わったものがあります。現状維持に負けた商談は見落とされがちですが、市場の課題認識を知るうえで貴重な材料です。
どんな顧客の商談を重点的に見るべきかは、理想の顧客像と照らし合わせると決めやすくなります。考え方はICP(Ideal Customer Profile)とは?|「良い顧客」を条件式にして営業・マーケの無駄打ちを減らすを参考にしてください。
インタビューを依頼する
依頼は、商談に直接関わっていない人から出すのが理想です。担当営業が聞くと、買い手は気をつかって本音を控えてしまいます。
社内に適任者がいなければ、外部の調査会社に任せる方法もあります。いずれの場合も、売り込みの場ではないこと、回答は改善のためだけに使うことを最初に伝えます。
インタビューで聞くこと
インタビューは30分前後を目安に、決定に至るまでの流れを時系列でたどります。いきなり、なぜ他社を選んだのですか、と聞くと、用意された答えしか返ってきません。
聞く内容は、次のような流れで組み立てると話が自然につながります。
- 検討を始めたきっかけと、そのとき困っていたこと
- 比較した選択肢と、候補に残った理由・外れた理由
- 社内で誰が関わり、どんな懸念が出たか
- 最終的な決め手と、迷った点
- 当社とのやり取りで印象に残ったこと
この流れは、顧客が製品を雇う理由を探るジョブ理論の考え方とよく似ています。背景はジョブ理論(JTBD)とは?|顧客が製品を雇う理由から、作るものと伝え方を決めるで詳しく解説しています。
聞き手が守りたい姿勢
聞き手は、反論も弁明もせずに聞くことに徹します。製品の誤解を指摘したくなっても、その誤解自体が貴重なデータだと考えて記録に回します。
また、抽象的な答えには具体例を求めます。使いにくそうだった、という答えには、どの場面でそう感じたのかを尋ねると、改善につながる手がかりが出てきます。
結果を分析する|理由をコード化して数える
インタビューの記録は、そのままでは読み物にとどまります。意思決定に使うには、理由を分類して数えられる形に変える必要があります。
理由をコードに落とす
まず、発言を短い理由コードに置き換えます。コードはあらかじめ大枠を決めておき、当てはまらないものが出てきたら追加していきます。
一つの商談に複数のコードが付くのは普通のことです。そのうえで、決め手になったものと、影響はあったが決定的ではなかったものを区別しておくと、後の分析が楽になります。
計算例で考える
ここで、仮の数字を使って集計の例を示します。数値はすべて説明用の仮定です。
ある四半期に、受注10件と失注10件の計20件のインタビューを行ったとします。それぞれの商談で決め手として挙がったコードを数えた結果が、次のようなものだったとしましょう。
コード 受注で挙がった件数 失注で挙がった件数
導入の手軽さ 7 1
価格に見合う価値の説明 2 6
特定機能の有無 3 3
営業の対応スピード 5 2
社内説得の材料 4 5
(数値は説明用の仮定です)
この表からは、導入の手軽さが勝ちに強く効いていることが読み取れます。一方で、失注の6件で価値の説明不足が挙がっており、価格そのものより、価格に見合う理由を示せていないことが課題だと考えられます。
特定機能の有無は勝ちと負けで同数なので、この期の勝敗を分ける主要因とは言いにくいでしょう。機能要望の声は大きく聞こえがちですが、勝敗との関係で見ると優先度が変わることがあります。
件数の少なさとどう付き合うか
20件程度のインタビューでは、統計的に確かなことは言えません。この段階の結果は仮説の強さを測る材料であり、結論そのものではないと割り切ります。
そこで、件数の多いCRMデータと突き合わせます。インタビューで見えた傾向が、より多くの商談のデータでも同じ方向を指しているなら、打ち手に移る根拠として十分に強くなります。
数字とつなぐ
Win/Loss分析の効果は、最終的には受注率や商談の進み方で確かめます。商談数、受注率、単価、期間を一つの見方にまとめる方法はパイプラインベロシティとは?|商談数・受注率・単価・サイクル日数を一つの数字にする考え方で解説しました。
施策を打った後にどの要素が動いたかを追えば、分析が本当に役立ったかを検証できます。動かなかったなら、仮説そのものを見直す合図です。
分析結果を誰に、どう届けるか
Win/Loss分析でよくある失敗は、立派な報告書を作って終わってしまうことです。結果は、それを使って行動する人に合わせて形を変えて届けます。
部門ごとに届ける形を変える
届け先ごとに、使いやすい形は大きく異なります。代表的な組み合わせを整理すると次のとおりです。
| 届け先 | 知りたいこと | 届け方の例 |
|---|---|---|
| 営業 | 次の商談で何を変えるか | 競合ごとの切り返しメモ |
| マーケティング | どの訴求が刺さるか | メッセージの修正案 |
| プロダクト | 何が選定の障害か | 機能と勝敗の対応表 |
| 経営 | 市場で何が起きているか | 四半期ごとの要約 |
営業向けには長い分析より、明日の商談で使える一枚のメモのほうが役に立ちます。経営向けには、細部より傾向の変化を短くまとめます。
買い手の言葉をそのまま使う
分析の副産物として、買い手が実際に使った言葉が手に入ります。自社が考えたキャッチコピーより、買い手自身の言い回しのほうが、次の買い手に響くことが少なくありません。
ランディングページや営業資料の表現を見直すときは、インタビュー記録から言葉を借りてみてください。ウェブサイト上の反応は、ページごとの離脱や導線の変化として確かめられます。
MonaLensのようなファネル分析ツールなら、見出しを変える前後で匿名の行動がどう変わったかを比べられます。
小さく始めて、続けるために
専任のチームや外部の調査会社がなくても、Win/Loss分析は始められます。インディーハッカーやひとりで事業を回す人にとっても、規模に合わせたやり方があります。
月に数件から始める
最初は、月に2〜3件の会話から始めても十分です。大切なのは件数より、同じ問いで聞き続けることです。
セルフサーブ型の製品で商談がない場合は、解約した人やトライアルで有料に進まなかった人が対象になります。購入しなかった理由を聞く短いアンケートを用意し、協力してくれた人にだけ詳しい話を聞くという二段構えも有効です。
自分で聞くときの工夫
作り手本人が聞き手になると、どうしても弁明したくなります。事前に、今日は説明しない、と自分に言い聞かせてから臨むだけでも、聞ける話の質は変わります。
録音や文字起こしの許可が得られたら、後から読み返せるように残します。AIによる要約は便利ですが、理由コードへの分類は最初のうちは自分で行い、判断の基準を固めておくのがおすすめです。
定量と定性を往復する
インタビューで得た仮説は、行動データで裏付けを取ると説得力が増します。逆に、行動データで見つけた違和感の理由を、インタビューで聞きに行くこともできます。
この往復の進め方は、Win/Loss分析に限らずユーザー調査全般に通じます。数字で範囲を絞り、声で理由を確かめるという順番を意識するだけで、調査の手戻りはぐっと減ります。
避けたい三つの落とし穴
始めた後につまずきやすい点も押さえておきましょう。
一つ目は、負けだけを調べることです。失注の痛みは強く記憶に残りますが、勝ちの理由を知らなければ、守るべき強みまで変えてしまう恐れがあります。
二つ目は、一度で終わらせることです。市場も競合も変化し続けるため、四半期に一度でも定点観測として続けると、理由の変化そのものが見えるようになります。
三つ目は、結果を担当者個人の評価に使うことです。評価に使われると分かれば、誰も率直な記録を残さなくなり、仕組み全体が機能しなくなります。
まとめ
Win/Loss分析は、勝ちと負けの両方について、買い手本人の言葉で決定の理由を確かめる取り組みです。CRMの失注理由を捨てるのではなく、その推測を検証し、価格やタイミングといった言葉の中身を分解することに価値があります。
始めるのに大きな予算は要りません。
次に決着した商談から一件だけでも、買い手に話を聞いてみてください。そこで聞いた言葉が、次の商談とプロダクトの改善を静かに変えていくはずです。