月次のアクティブユーザー数が先月より増えていた。ダッシュボードのその一行だけを見て、今月は好調だったと安心した経験はないでしょうか。
けれども同じ「純増100人」という数字の裏側には、まったく違う中身がありえます。1000人が新しく来て900人が去った月と、150人が来て50人しか去らなかった月では、同じ純増でも意味が正反対だからです。
この違いを見えるようにするための考え方が、この記事で扱うグロースアカウンティングです。投資会社アンドリーセン・ホロウィッツのゼネラルパートナーで、以前はUberで乗客獲得の成長施策を率いていたアンドリュー・チェン氏が、自身のブログや投資家向け資料で繰り返し整理してきた枠組みとして知られています。
似た発想はAmplitudeやProductboardといったプロダクト分析系の企業のブログでも紹介されており、特定の一社に固有の秘訣というより、複数の実務家が独立にたどり着いた共通の整理だと考えるのが妥当です。
読み終える頃には、自社の月次アクティブユーザー数の増減を、感覚ではなく要因ごとの数字として人に説明できるようになっているはずです。会議で「なんとなく好調です」としか言えなかった場面が、少しずつ減っていくと思います。
特に一人でプロダクトを回しているソロプレナーやインディーハッカーの方にとっては、大きなチームのように部署ごとの担当者がいるわけではありません。だからこそ、自分自身の頭の中にある感覚を、この4区分という共通の物差しに置き換えておく効果は大きいはずです。
グロースアカウンティングとは何か
グロースアカウンティングとは、ある期間のアクティブユーザー数の増減を、単一の合計値ではなく複数の要因の足し算・引き算として分解して捉える考え方です。
会計の世界で、利益という一つの数字を売上・原価・経費に分解して説明するのと似ています。プロダクトの世界でも、純増という一つの数字を分解して初めて、次に何をすべきかという打ち手の話に進めます。
分解の単位は会社によって週次や月次とまちまちですが、考え方そのものは単位を変えても成り立ちます。以下ではわかりやすさを優先し、月次アクティブユーザー数(MAU)を例に説明を進めます。
似た名前で経済学の分野にも「成長会計」という用語がありますが、そちらは一国の経済成長を資本・労働・生産性の寄与に分解する、まったく別の学問的な枠組みです。プロダクトの文脈でのグロースアカウンティングとは出自も対象も異なるので、混同しないよう注意してください。
なぜ「純増」だけでは足りないのか
同じ数字が違う中身を隠す
純増という数字は、足し算と引き算をすでに終えたあとの結果だけを見せてくれます。そこに至るまでの過程は、この一行からは読み取れません。
新しい利用者が大量に来ているのか、それとも一度離れた利用者が戻ってきているだけなのか。あるいは解約が少なく済んでいるだけで、新規の勢いはとうに落ちているのか。純増という数字だけでは、この違いをまったく区別できません。
しかもこの数字は、良い状態と悪い状態の両方を同じ顔で見せてきます。新規が減っているのに離脱も同じくらい減っていれば、純増のグラフはなめらかな右肩上がりのまま何も語らずに進んでいきます。
経営会議で起きがちなすれ違い
マーケティング担当は新規獲得の成果を語り、カスタマーサクセス担当は解約防止の成果を語り、プロダクト担当は改善による復活の効果を語る。それぞれが自分の努力を主張しても、会議の場には純増という一つの数字しか出てこないことがよくあります。
結果として、誰の貢献が実際に効いていたのかを数字で決着させられず、声の大きさや前回の実績といった印象で評価が決まってしまうことがあります。心当たりのある方も、少なくないのではないでしょうか。
グロースアカウンティングは、この議論を数字の土俵に引き戻すための共通言語として機能します。誰の主張が正しいかではなく、どの要因がどれだけ動いたかを先に確認する、という順番に会議を組み替えられるからです。
4つに分解する:新規・継続・復活・離脱
グロースアカウンティングの中心にあるのは、ある期間のアクティブ利用者を4つの区分に分けるという発想です。それぞれの区分に、前の期間との比較で明確な定義を与えます。
4区分の定義
次の表は、それぞれの区分が何を指すかを整理したものです。ここでの「利用」は、単なるログインだけでなく実際に価値を得る操作をした状態を指すのが一般的です。
| 区分 | 定義 | 具体例 |
|---|---|---|
| 新規(New) | この期間に初めて利用した人 | 今月初めてサインアップし、実際に使い始めた人 |
| 継続(Retained) | 前の期間も今の期間も利用している人 | 先月も今月も週に何度かログインしている人 |
| 復活(Resurrected) | 過去に利用していたが離脱し、今の期間に戻ってきた人 | 3ヶ月前に使うのをやめ、キャンペーンをきっかけに今月戻った人 |
| 離脱(Churned) | 前の期間は利用していたが、今の期間は利用していない人 | 先月まで使っていたが、今月は一度もログインしていない人 |
この4区分を足し引きすると、次のような単純な式になります。当月の純増 = 新規 + 復活 - 離脱です。継続は前後の期間をつなぐ土台であり、増減そのものには直接効いてきません。
なぜ復活ユーザーという区分が重要なのか
4区分のうち、見落とされがちなのが復活ユーザーです。新規と離脱にばかり目が向きがちですが、一度離れた人が戻ってくる動きは、プロダクトの改善やメール施策の効果を映す鏡になります。
復活ユーザーが多い状態は、離脱の理由が一時的な事情(多忙、価格、機能不足など)にとどまっていて、根本的な相性の悪さではないことを示唆します。逆に復活がほとんど起きない場合、離脱は静かで後戻りしにくい決別である可能性が高いといえます。
復活は放っておいて起きる現象ではなく、働きかけがあって初めて起きる現象だという点も押さえておきたいところです。この点は後の実務セクションで改めて扱います。
数値で確認する:同じ純増でも中身は別物
言葉だけでは実感が湧きにくいので、仮の数値で確認してみます。以下はあくまで説明のための仮定の数値であり、実在の企業の実績ではありません。
2つの月を比べる
ある月次アクティブ利用者1000人のプロダクトについて、翌月の内訳が次の表のようになったとします。純増はどちらの月も同じ100人ですが、内訳はまったく違います。
| 項目 | パターンA | パターンB |
|---|---|---|
| 新規 | +300人 | +60人 |
| 継続 | 500人 | 500人 |
| 復活 | +50人 | +90人 |
| 離脱 | −250人 | −50人 |
| 純増 | +100人 | +100人 |
パターンAは新規獲得が力強い一方、離脱も同時に多く発生している状態です。パターンBは新規獲得こそ小さいものの、離脱が抑えられ復活も多く、土台が安定している状態だと読めます。
同じ純増が意味する別々の課題
パターンAのまま広告予算を積み増すと、新規はさらに増えるかもしれませんが、離脱の多さという根本課題はそのまま残ります。バケツに水を注ぎ続けても、底の穴を塞がなければ水位はいずれ頭打ちになります。
パターンBの場合は、離脱防止と復活施策がすでにうまく回っているとみなせるので、新規獲得にもう少し予算を振り向ける判断が合理的になりやすいといえます。同じ「純増100人」という結果から、正反対の打ち手が導かれる好例です。
もし手元のダッシュボードにこの4区分がまだ無いなら、まずは今月分だけでよいので、簡単な集計を試してみることをおすすめします。一度でも自社の数字で内訳を見ると、純増だけを見ていた頃には戻りにくくなるはずです。
クイックレシオ:分解した数字を一つの比率にする
4つに分解したままでは会議で扱いにくいので、要因を一つの比率にまとめる指標もよく使われます。その代表がSaaS Quick Ratio(クイックレシオ)で、収益ベースで使われることが多い指標ですが、ユーザー数ベースに置き換えて使うことも可能です。
計算式の考え方
ユーザー数ベースのクイックレシオは、おおむね次の式で表せます。(新規+復活)を、離脱で割った値です。増える力と減る力の比率をそのまま一つの数字にする、と考えるとイメージしやすいはずです。
先ほどのパターンAでは(300+50)÷250で約1.4、パターンBでは(60+90)÷50で3.0となります。同じ純増100人でも、比率で見るとパターンBのほうが健全に育っている様子が数字にはっきり表れます。
比率が1を下回っている場合は、増える力より減る力のほうが強いということなので、純増がプラスであっても油断はできません。継続だけが目減りせずに残っている、いわば延命に近い状態のこともあるからです。
比率だけで満足しない
比率は一目で状態をつかむのに便利ですが、内訳を隠してしまう側面もあります。新規が極端に小さく離脱も極端に小さい場合、比率だけは高く出ることがあるからです。
比率を経営会議での第一報として使い、詳細な意思決定の場面では4区分の内訳まで戻って確認する、という二段構えが実務的だと考えられます。
実務にどう組み込むか
どの単位で区切るか
全社のアクティブユーザー数だけを分解しても、打ち手にはつながりにくいことがあります。もう少し細かい軸で区切ると、どこに効く施策を打つべきかがはっきりします。よく使われる軸を挙げると、次のようなものがあります。
- 流入経路別(広告経由・紹介経由・自然検索経由など)
- 料金プラン別(無料トライアル・有料プラン・上位プランなど)
- 主要機能の利用有無別(コア機能に触れているか否か)
- 契約形態別(個人利用・チーム利用など)
たとえば流入経路別に分けたとき、広告経由だけ離脱が突出して多いなら、集客の質そのものを見直す必要があります。反対に主要機能に触れていない利用者だけ離脱が多いなら、オンボーディングの導線に課題がある可能性が高いといえます。
コホート分析とは?で扱った世代ごとの見方と組み合わせると、いつ入ってきた利用者がどの区分に流れやすいかまで踏み込めます。両者は違う軸を切る道具なので、片方だけで満足せず併用する価値があります。
復活ユーザーを狙って増やす
先ほど触れたとおり、復活は待っているだけでは増えません。離脱してから一定期間が経った利用者に向けて、新機能の案内や再開キャンペーンを送るといった、意図的な働きかけが必要です。
送るタイミングも重要です。離脱直後は感情的な反発が残っていることが多く、逆に間隔を空けすぎると存在自体を忘れられてしまいます。数週間から数ヶ月というレンジで何段階かに分けて接触する設計が、実務ではよく採られます。
リテンションと解約|継続率を上げるために見る数字で扱った解約防止の施策と対にして、離脱後のフォローも設計しておくと、復活の区分は単なる偶然ではなく再現可能な成果に変わっていきます。解約を防ぐ努力と、離脱後に呼び戻す努力は、別物として設計する価値がある取り組みです。
立ち上げ期には向かない場面もある
ここまで見てきたようにグロースアカウンティングは強力な整理法ですが、利用者数がまだ数十人程度しかいない立ち上げ期には、区分ごとの人数が小さすぎて比率が安定しません。数人の増減で比率が乱高下してしまい、判断材料としてはむしろノイズになります。
コールドスタート問題とは?で扱ったような、そもそも一塊の密度を作る段階にあるプロダクトでは、まず密度を作ることを優先し、この分解は利用者数がある程度まとまってから導入するのが実務的です。
陥りやすい罠
最後に、この考え方を使ううえで注意したい点を整理します。次の3点は、実際に運用を始めてからつまずきやすい箇所です。
- 「アクティブ」の定義が部署ごとにバラバラだと、4区分の境界線もぶれてしまう
- 純増だけの過去のグラフに戻ってしまい、せっかく分解した内訳を会議で使わなくなる
- 分解した数字はあくまで結果であり、なぜその数字になったのかという行動データまでは教えてくれない
とりわけ3点目は見落とされがちです。アンドリュー・チェン氏自身も、この枠組みは過去の結果を説明する遅行指標であり、これから何が起きるかを予測する先行指標ではないという限界を指摘しています。分解した数字を眺めるだけで終わらせず、一人ひとりの行動まで掘り下げてはじめて、次の一手につながる学びが得られます。
MonaLensのようなツールでも、サイト全体のPV・UUだけでなく訪問者ひとりの行動を時系列で追うN1分析を組み合わせると、離脱や復活という区分の裏で何が起きていたのかを個別に確認しやすくなります。もっとも、これはあくまでウェブサイト上の匿名の行動を追う話であり、個人を特定した働きかけそのものを行う機能ではありません。
まとめ
純増という一つの数字は、複数の力がせめぎ合った結果を薄めてしまいます。新規・継続・復活・離脱という4つに分けて眺め直すだけで、同じ「増えた」という結果からでも、まったく違う打ち手が見えてくるはずです。
分解そのものは難しい統計処理を必要としません。前の期間と今の期間、それぞれに存在した利用者のIDを突き合わせるだけで、4つの区分は機械的に決まります。むしろ難しいのは、分解した結果を見てからどう動くかという、そのあとの判断のほうです。
来月のダッシュボードを開くときは、純増の一行だけで判断を終えず、その内側にある4つの動きを分けて見る習慣を、ぜひ試してみてください。数字の解像度が上がれば、会議で交わされる議論の質も自然と変わっていくはずです。